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東京地方裁判所 昭和58年(ワ)11676号 判決

一一六七六号原告 日本労働組合総評議会全日本造船機械労働組合石川島分会

一一六七六号原告 五号被告 浅田洋治

一一六七六号被告 五号原告 石川島播磨重工業株式会社

主文

一  原告浅田の被告会社に対する訴を却下する。

二  原告分会の被告会社に対する請求を棄却する。

三  原告浅田は、被告会社に対し、金一七三四万九八八〇円及びこれに対する昭和五八年一〇月二八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

四  訴訟費用の負担については、被告会社に生じた費用はこれを五分し、その四を原告浅田の負担、その一を原告分会の負担とし、その余の費用はこれを三分し、その二を原告浅田の負担、その一を原告分会の負担とする。

五  この判決は第三項に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

(甲事件)

一  請求の趣旨

1 被告会社は、原告分会に対し、金五〇〇万円、原告浅田に対し、金一三六八万一五六五円及び右各金員に対する昭和五八年一二月一六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2 訴訟費用は被告会社の負担とする。

3 仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1 本案前の答弁(原告浅田の被告会社に対する訴に対し)主文第一項と同旨

2 本案に対する答弁

原告らの請求をいずれも棄却する。

3 訴訟費用は原告らの負担とする。

(乙事件)

一  請求の趣旨

1 主文第三、第五項と同旨

2 訴訟費用は原告浅田の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

1 被告会社の請求を棄却する。

2 訴訟費用は被告会社の負担とする。

第二当事者の主張

(甲事件)

一  請求原因

1 当事者

原告分会は、被告会社の東京、武蔵及び横浜地区の従業員を中心に組織する労働組合である。

原告浅田は、昭和四一年九月一六日、被告会社と労働契約を締結し、以後同社東京第二工場(以下「東二工場」という。)に勤務し、原告分会の分会員であつた。

被告会社は、本社を肩書地に置き、東京、武蔵、横浜、名古屋、相生、呉の各地区に合計一三の工場を有し、各種船舶艦艇、一般産業用機械などの各種重機械の製作修理を主たる業とするわが国有数の企業である。

2 不法行為の発生

(一) 被告会社は、昭和四七年八月一六日以降、原告浅田の勤務する東二工場において原告分会の同意を得ることなく、また従前の就業規則変更の手続をとることもせず、一方的に「新勤務制度の実施について」と題する同月一一日付文書を全従業員に配布し、タイムカード制を廃止して自己申告制とすることを内容とする「新勤務制度」を実施した。

(二) 原告分会は、新勤務制度は労働条件の不利益変更であるとして、一方的実施に反対し、団体交渉による解決を主張したが、被告会社が団体交渉を拒否したまま右のとおり一方的に実施したため、同月一六日、東二工場所属の原告浅田を含む全分会員に対し、左記指示を行つた。

〈1〉 始終業については従来の慣行どおり行うこと。

〈2〉 タイムカードは原告分会作製のものを使用して打刻すること。万一被告会社側の妨害で打刻できない時は、守衛所の時計により各自カードに入退門時刻を記入すること。

〈3〉 勤務表への記入は行わないこと。

(三) 右原告分会の指示に基づき、東二工場所属の原告浅田を含む全分会員は、被告会社の何らの妨害を受けることなく翌同月一七日朝、東二・東三共同ビルカード場で、原告分会作製のカードに打刻を行つた。ところが被告会社は、同日終業時に至り、勤務課員らを配置して原告分会のタイムカード打刻を妨害し、同月一九日終業時には、被告会社の警備員沖浪は、原告浅田をコンクリートの地面に投げ飛ばし、全治六週間の治療を要する左第二、第三指末節骨骨折の傷害を負わせた。

(四) 原告浅田は、同月二一日午前七時ころ、東二工場に東門から入門し、カード場入口から入ろうとしたところ、被告会社の警備員鬼沢に入場を阻止されたので、同人に対し打刻を妨害しないよう申し入れたが、拒否されたため、カード場の外側に沿つて出口の方へ走り、出口の側からカード場に入ろうとした。これを見た鬼沢警備員は、原告浅田が打刻するのを阻止するため、カード場入口から内側に沿つて疾走したところ、一番目のタイムレコーダー付近で同人の体と原告浅田の体が接触し、これにより、鬼沢は、左第三・第四肋軟骨骨折の病名の負傷をして、同年九月六日まで休業した。

(五) 被告会社は、同年八月二九日、原告浅田の同月二一日の右行為は就業規則第七七条第一二号(会社構内又は会社施設内で暴行、脅迫、傷害、侮辱等を行い、又は業務を妨害したとき)に該当するとして東京地区懲戒委員会を開催して原告浅田を懲戒解雇処分に付することを決定し、同年九月一九日、原告浅田に懲戒解雇(以下「本件懲戒解雇」という。)の通知を行うとともに同人を実力で会社構外に排除した。

(六) しかし、右原告浅田に対する本件懲戒解雇は、原告分会に対する支配介入の不当労働行為であるとともに、原告浅田に対する不利益取扱いの不当労働行為であり、団結権侵害の不法行為となる。

3 被告会社の責任

被告会社の右不当労働行為は、団結権侵害の不法行為を構成し、被告会社は、民法七〇九条ないし民法七一五条に基づき、原告らに対し、損害賠償の責任がある。

4 原告らの損害

(一) 原告分会の損害

原告分会は、被告会社の右団結権侵害の不法行為により、多大の財産的、非財産的損害を被むつたが、内金五〇〇万円を請求する。

(二) 原告浅田の損害

(1) 逸失利益(金二五一七万〇八二三円)

原告浅田は、右被告会社の不法行為により昭和四七年九月二〇日以降昭和五八年一〇月三一日までの間、賃金、一時金等合計金二五一七万〇八二三円の利益を失い、同額の損害を被むつた。

(2) 非財産的損害(金五〇〇万円)

原告浅田は、右被告会社の不法行為により多大の非財産的損害を被むつたが、右損害は少なくとも、金五〇〇万円と金銭評価されるべきである。

(3) 損益相殺

原告浅田は、現在まで仮処分決定を得、被告会社の任意の履行により合計金一六四八万九二五八円の支払を受けたので、右損害額から損益相殺する。

(4) 原告浅田の損害

したがつて、原告浅田の損害は金一三六八万一五六五円となる。

5 よつて、被告会社に対し、不法行為に基づく損害賠償として、原告組合は金五〇〇万円、原告浅田は金一三六八万一五六五円及び右各金員に対し、不法行為の後である昭和五八年一二月一六日から支払済みに至るまで、民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  原告浅田の本件訴に対する被告会社の本案前の抗弁

原告浅田が本件懲戒解雇を不当労働行為と主張して本件訴を提起することは、以下のとおり既判力又は訴訟関係における信義則等に反し許されない。

1 原告浅田は、昭和四七年九月二八日、被告会社を被告として東京地方裁判所に労働契約存在確認等請求訴訟を提起した(同裁判所昭和四七年(ワ)第八二二一号、以下同事件の控訴審、上告審を含め「前訴」という。)が、その請求は、本件懲戒解雇は労組法七条一号本文の不当労働行為であり、懲戒解雇権の濫用であるから無効である旨主張して、原告浅田が被告会社に対して期間の定めのない労働契約に基づく権利を有することの確認及び本件懲戒解雇の翌日である昭和四七年九月一六日から口頭弁論終結に至るまでの賃金の支払を求めるものであつた。

2 右事件につき、東京地方裁判所は、昭和五〇年九月二九日、右請求をいずれも棄却する旨の判決を言渡した。これに対し、原告浅田は、東京高等裁判所に控訴する(同裁判所昭和五〇年(ネ)第二二六九号)とともに控訴審において賃金請求を拡張したが、同裁判所は、昭和五六年五月二〇日、控訴及び右拡張請求をいずれも棄却する旨の判決を言渡した。原告浅田は、更に最高裁判所に上告したが(同裁判所昭和五六年(オ)第八五〇号)、同裁判所は、昭和五八年一〇月二七日、上告を棄却する旨の判決を言渡し、前訴判決は確定した。

3 原告浅田の本件訴は、前訴請求と訴訟物を同一にするか、前訴請求を先決関係とするものであるから、前訴判決の確定によりその既判力に牴触する。仮にそうでないとしても、原告浅田は、前訴において、本件懲戒解雇の無効原因の一つとしてこれが不当労働行為である旨を主張し続け、そのための立証も十分に行つたが、右主張は、第一審から上告審を通じいずれも実質的な審理を行つたうえ斥けられたのであるから、紛争の一回的解決という訴訟上の要請あるいは訴訟関係における信義則等に鑑みれば、前訴における経緯及びその確定判決の判断を無視し、恣にこれに反する請求や主張を行うことは許されるべきではない。

よつて、原告浅田の本件訴は却下されるべきである。

三  被告会社の本案前の抗弁に対する原告浅田の反論

本件訴は前訴と訴訟物及び請求原因を異にするから適法である。

四  抗弁

原告らの被告会社に対する甲事件各請求権は、本件懲戒解雇がなされた昭和四七年九月一九日から既に三年を経過したので、民法七二四条前段により時効消滅した。被告会社は、本訴において右時効を援用する。

五  抗弁に対する認否及び反論

抗弁は争う。

原告らは、被告会社の本件懲戒解雇を不当労働行為であり不法行為と主張しているところ、右不当労働行為は、いわゆる継続する不当労働行為(労働組合法二七条二項)であり、原告らに対し、現在も継続しているから、本訴請求権は消滅時効にかかつていない。

(乙事件)

一  請求原因

1 被告会社は、原告浅田に対し、東京高等裁判所昭和五四年(ウ)第四二六号地位保全仮処分申請事件についての仮処分決定(以下「本件第一仮処分決定」という。)により、昭和五四年一一月二日、金九六五万〇二〇四円及び同月以降昭和五八年一〇月二七日まで毎月二五日限り金一四万三四三七円、同裁判所昭和五四年(ウ)第一二三一号地位保全仮処分申請事件についての仮処分決定により、昭和五四年一二月二六日、金二二万三一〇〇円、同裁判所昭和五五年(ウ)第七三九号地位保全仮処分申請事件についての仮処分決定により、昭和五五年八月四日、金二九万五三〇〇円、同裁判所昭和五五年一一四九号地位保全仮処分申請事件についての仮処分決定(以上四件の仮処分決定を以下「本件各仮処分決定」という。)により、昭和五五年一二月三日、金二九万六三〇〇円以上合計金一七三四万九八八〇円(以下「本件仮払金」という。)を仮払した。

2 原告浅田は、本件各仮処分事件の本案訴訟として、前記二の1記載のとおり東京地方裁判所に労働契約存在確認等請求訴訟を提起したが、同裁判所は請求を棄却する旨の判決を言い渡し、同判決はその後昭和五八年一〇月二七日確定した。

3 更に、本件第一仮処分決定は、東京高等裁判所において(同裁判所昭和五四年(ウ)第一〇七〇号仮処分異議申立事件)、昭和五八年一二月一二日、取り消された。

4 前訴判決の確定及び右仮処分決定の取消しにより原告浅田の本件仮払金の受領は法律上の根拠を欠くに至つたものであるから、原告浅田は不当利得として本件仮払金を原告に返還すべきである。

5 よつて、被告会社は、原告浅田に対し、不当利得返還請求権に基づき、本件仮払金金一七三四万九八八〇円及びこれに対する前訴判決確定の日の翌日である昭和五八年一〇月二八日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1 請求原因1ないし3の各事実は認める。

2 同4の主張は争う。

三  原告浅田の主張

以下の理由により、本件仮払金について不当利得は成立しない。

1 賃金仮払仮処分は、単に金銭の給付を命ずるにとどまらず、当事者間に仮の労働契約関係を形成し、これに基づいて賃金の支払を命ずるものであるから、右仮処分に基づき、労働者には労働を提供する義務が発生し、使用者にはこれを受領して賃金を支払う義務が発生する。

原告浅田は、本件第一仮処分決定に基づき、昭和五四年一一月五日以降昭和五五年八月まで被告会社の休日以外は毎日午前七時三〇分に被告会社に出勤し、被告会社に対し現実に労務の提供をしたが、被告会社によりその受領を拒絶された。同年九月以降は現実の労務の提供はしなかつたが、被告会社が応ずればいつでも就労できるよう態勢を整えて待機していたものであるから、ここに、暫定的にせよ、原告浅田は被告会社に労務を提供し、被告会社はその対価として賃金を支払うとの事実上の労働関係が展開されたのである。

したがつて、本件本案訴訟において、被告会社のなした原告浅田の解雇が有効とされ、右原被告間に労働契約が存在しないことが確定したとしても、右のとおり、既に有償双務の継続的な労働関係が事実上展開された以上、右の事実上の労働関係そのものが遡及的に存在しなくなるということがありえないことは、賃貸借の事実状態が継続した後の解除に遡及効が認められないのと同様である。

また、本件賃金仮払仮処分の如き、仮の地位を定める仮処分の取消には遡及効は認められないから、これに基づいてなされた仮払賃金の支払は、本案における仮処分債権者の敗訴判決の確定及び仮処分の取消によつては何らの影響を受けることなく、依然として法律上有効な原因に基づくものである。

2 原告浅田は、被告会社から呼出しを受け労務を受領する旨の申出がある時はいつでも就労できる態勢を整えて待機していたものであつて、他に職を求めて収入を得たことはなく、また、資産も一切ないため、本件仮払金はすべて生活費として費消した。

したがつて、本件において原告浅田の得た利益は有形的に現存していないばかりでなく、これを得たことによつて喪失を免れた財産もなく、また、これを得なかつたならば他の財産を費消していたであろうと認められる事情も全くない。本件において現存利益の存在を肯定するならば、原告浅田は、本件仮処分決定に従つて他に職を求めなかつたため、本件仮払金の返還義務を履行することによつて、法律上の原因なき利得が存しなかつたならばあつたであろうと思われるよりも貧しくなることとなり、法の趣旨に反する結果となるのであつて、原告浅田の受けた利益はすべて現存しないと認めるのが相当である。

四  原告浅田の主張に対する認否及び反論

1 原告浅田の主張1のうち、原告浅田が昭和五四年一一月五日被告会社に就労を申し出たが被告会社がこれを拒否したこと、同日以降原告浅田が毎月仮払金受領のため被告会社に出頭したほか継続的に就労を申し出ていたことは認めるが、その余は争う。原告浅田の就労の申出は昭和五五年半ばころまでで平均一箇月数回、それ以降は本案の控訴審判決言渡(昭和五六年五月二〇日)までの間一、二か月に一回程度なされただけでそれ以降は全くない。

仮処分によつて形成された法律状態は、訴訟上の法律状態にすぎず、私法上の法律状態ではないから、地位保全仮処分命令が発せられたからといつて被告会社と原告浅田との間に「事実上の労働契約関係」が形成されることはなく、したがつて、原告浅田が本件仮処分決定を得て労務の提供をしたとしても被告会社にはこれを受領する義務はない。また、仮処分の本質たる暫定性(仮定性)は、いわゆる満足的仮処分にあつてもその性格が失なわれるわけではなく、本案において仮処分債権者の敗訴判決が確定した場合には、これにより原状回復義務が生ずることは明らかである。

2 原告浅田の主張2は争う。

被告会社は、原告浅田からの就労請求には一切応じない態度を明確な形で表明していたのであつて、原告浅田が他に職を求めなかつたとか待機していた等の事実は被告会社の関知するところではないのみならず、仮にそのような事実があり原告浅田が本件仮払金以外には生活費に充てるべき何らの収入を得ていなかつたとしても、本件仮払金を利得しなかつたならば他の金銭をもつて生活費に充当したはずであるから、利得はその全額現存する。

第三証拠〈省略〉

理由

第一甲事件についての判断

一  原告浅田の被告会社に対する訴について

被告会社は、原告浅田の本訴請求は既判力に反し許されないと主張するので、この点について判断する。

成立に争いのない乙第一ないし第三号証及び弁論の全趣旨を総合すると被告会社の本案前の抗弁1及び2の各事実(前訴の内容及び原告浅田敗訴の確定)を認めることができる。右事実によれば、前訴の訴訟物は、原告浅田と被告会社間の労働契約の存在及び本件懲戒解雇後の賃金請求であり、本訴の訴訟物は、本件懲戒解雇が不法行為であることを理由とする解雇後の賃金相当額の財産的損害及び非財産的損害の賠償を請求するものであつて、訴訟物を異にし、本訴が前訴の既判力によつて妨げられるものではないことは明らかである。

次に、被告会社は、原告浅田の本訴請求は信義則に反し許されない旨主張するのでこの点について検討するに、右認定のとおり、前訴は本訴と同一当事者間でなされ、しかも原告浅田は前訴において、本訴で請求原因として主張していると同一の本件懲戒解雇が不当労働行為に該当する旨の主張を行い、かつ、立証を尽したこと、その結果前訴判決は本件懲戒解雇が不当労働行為であるとは認められない旨判断して原告浅田の労働契約存在確認及び解雇後の賃金請求をいずれも棄却したこと、本訴は賃金相当額等本件懲戒解雇により被つた損害を請求するものではあるが、その主要な事実争点は前訴と同一であつてその法律構成を変えたにすぎないうえ、請求もその経済的利益において前訴と実質上ほぼ同一であること、前訴は昭和四七年九月二八日提訴以来上告棄却による判決確定に至るまで約一一年を経過していることが認められ、これら事実に本訴は前訴判決確定の直後である昭和五八年一一月九日に提起されたこと(この事実は記録上明らかである。)、及び原告浅田が前訴係属中に本訴の右請求及び主張をすることについて何らの支障となる事情も見受けられないことからすれば、本訴は、形式的には前訴と訴訟物を異にするとはいえ、実質は前訴の蒸し返しであり、訴訟上の信義則に反し許されないものと解するのが相当である。

二  原告分会の損害賠償請求について

仮に、請求原因事実が認められるとしても、原告分会が不法行為であると主張する本件懲戒解雇がなされた昭和四七年九月一九日から三年を経過したことは明らかであり、被告会社が昭和六〇年七月一八日第一〇回口頭弁論期日において時効を援用したことも記録上明らかであるから、原告分会の不法行為に基づく損害賠償請求権は時効により消滅したというべきである。

なお、原告分会は、本件懲戒解雇はいわゆる継続する不当労働行為(労働組合法二七条前段)であり、現在も継続しているから、本件損害賠償請求権は消滅時効にかかつていない旨主張するが、独自の見解というべく、当裁判所の採用しないところである。

第二乙事件についての判断

一  乙事件の請求原因1(本件各仮処分決定により本件仮払金が支払われたこと)、2(本案訴訟である前訴において原告浅田敗訴の判決が確定したこと)及び3(本件第一仮処分決定が取り消されたこと)の各事実は当事者間に争いがない。

二  ところで本件各仮処分決定の如き仮の地位を定める仮処分は、本件における原告浅田被告会社間の労働契約の存否をめぐる争いのように継続的権利関係に関し、法的紛争があることにより当事者間に生ずる現在の危険、不安を除去するため、債権者が本案訴訟で勝訴することを前提とし、それまでの間の暫定的応急処置としてなされるのであるから、後日債権者の本案敗訴の判決が確定したときは、仮処分の右性格からいつて、その目的達成の不能が確定したものとして、当該仮処分命令はその前提を失い当然に失効するものと解すべきである。

したがつて、本件本案判決の確定により、原告浅田の本件仮払金の受領は、その法律上の根拠を欠くに至り、原告浅田は本件仮払金を不当利得として被告会社に返還すべき義務を負うものというべきである。

なお、原告浅田は、本件各仮処分決定は単に金銭の給付を命ずるにとどまらず、当事者間に仮の労働契約関係あるいは事実上の労働契約関係を形成するものである旨主張するが、本件各仮処分決定は、仮の地位を定める仮処分として、先に述べたとおり、被告が本案判決確定に至るまでの間賃金の支給を受けられないことによる生活困窮の危険を避けるために必要な暫定的処分として、賃金の全部または一部に相当する金員の支払を仮に命ずるものであり、右仮処分がなされたからといつて、これにより当事者間に新たに私法上の労働契約関係が形成されるものではない。したがつて、被告会社の本件仮払金の支払に対し、原告浅田には労務を提供すべき義務が生ずるものではないから、原告浅田が被告会社に対し労務を提供したとしても、被告会社にはこれを受領すべき義務はなく、これにより事実上であれ、原告浅田被告会社間に労働関係が発生することはなく、本案訴訟における原告浅田敗訴の判決が確定した場合の本件各仮処分決定の効力につき、継続的契約関係における解除の効果の不遡及に類する考えを容れる余地もない。

また、原告浅田は、仮処分決定の取消の遡及効が否定されていることを理由に、原告浅田の本件仮払金の受領には未だ法律上の原因が存する旨主張する。しかし、本件各仮処分決定は、前述のとおり、原告浅田の本案敗訴の判決の確定により、当然に失効し、また、職務執行停止・代行者選任の仮処分の如く、対世効があるため、法的安定性確保の要請から遡及的消滅が否定されているものとは異なり、本件各仮処分は、当事者以外に効力を及ぼすものではないので、その間に生じた仮処分の効果も、当初から発生しなかつたことに帰するものというべきであるから、原告浅田の本案敗訴判決の確定により、本件仮払金の受領が法律上の原因を欠くに至ることは明らかである。

三  次に、原告浅田は、現存利益の不存在を主張するが、一般に金銭による支払については、受領者がこれを生活費に費消しても、これにより他の財産の減少を免れたことによつて、その利益はなお存在するものと解すべきである。もつとも、当該利益を得たため、それに伴つて応分の支出の増加が認められ、現存利益が存しないと認めるのが相当な場合もあり得るが、本件において、原告浅田は、かかる特段の事情につき主張立証するところはなく、また、本件各仮処分決定により原告浅田に就労の義務が生じ、その労務の提供のため待機すべき要もないことは前判示に徴し明らかであり、原告浅田が他に職に就かず収入を得ることがなかつたとしても、右事情は現存利益の存否の判断に影響を及ぼすものではない。

第三  以上のとおりであるから、原告浅田の本件訴は訴訟上の信義則に照らし許されないからこれを却下し、原告分会の本訴請求は理由がないから棄却し、被告会社の本訴請求は理由があるから認容し、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九三条一項を、仮執行の宣言について同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 白石悦穂 遠山廣直 納谷肇)

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